あたしは、タワンの車に乗るのが好きだった。タワンだけが、自分の好きなCDをかけて車を走らせるから。彼のお気に入りの中に、ボブ・マーリーのCDがあった。タワンがCDを取り替えるとき、紙を貼ったCDを見て「なんで紙なの?」と聞くと「コピーCDだと安いから、コピーCDを買うんだ」と言っていた。コピーCDを普通に売ってるんだ。なんとおおざっぱな!ちょっと素敵。タワンの車の助手席にあたしは座り、後ろにほかのメンバー達が6人くらい乗って、窓を全開にしてクタの街を走る。ワゴン車なら、10人くらい乗っちゃう。ちなみにクタでは、原チャリぐらいの排気量に見える、ヨーロピアンタイプの形をしたバイクがとてもたくさん走っていて、最大5人乗りを見た。2〜3歳くらいの子どもを間に挟んで乗っていた。まるでファミリーカー。
車の窓から顔や手を出し、風を感じ、空を仰ぐと、街路樹の緑のきらめきが降ってくる。そして、白い小さなものがたくさん降っている。金木犀の香りがする。木々から、お花が降ってきていたのだった。ボブ・マーリーの声を聞きながら、あたしは、とっても良い気分。「明日、アパッチに行こうね」とタワン。「うん!」。アパッチとは、繁華街にある、人気のレゲエクラブ。その近くで、2年前にテロが起こったそうだ。でも、テロが起きるなら起きろ、ぐらいに、身を任せちゃってる、なげやり感は、遊びをまっとうしに行っている旅に似合っていた気がする。結局あたしは、疲れていてアパッチの夜、9時にはベッドに入っていた。「来年はアパッチに一緒に行こうね、タワン」。今年バリでできなかったことは、全部、来年に繰り越し。今年一緒に行けなかった友達とは「来年は一緒に行こうね、バリに」。淡い約束が、たくさん。家でボブ・マーリーを聴くとき、クタの街に舞っていた甘い香りと、ときどき鼻をかすめるお香のような香りと、一秒後にはそれらをあっけなく消してしまう、排気ガスの匂いを思い出す。
写真は、テロから2年経った記念のフェスティバル。クタビーチ沿いの道路を、オートバイや自転車や馬車がパレードした。バリは車検がないらしく、改造も思いのまま、だそうだ。